「自殺大国」に甘んじるニッポン株式会社の“異常”

 ↑の記事を読んで、自分の黒歴史時代を赤裸々に書いてみようかと思ったけど、色々としんどいのでライトに書くことにした。大学院の2回目の留年が決まった時に、なんやかんやあって、親・研究室(教授)ともに見放された気がした。そして、今までの人生の中で、一番自殺に近づいた。手首に刃物をあてて、自作の毒水(タバコの葉、水、焼酎、ウイスキーを混ぜたモノ。殺傷能力は検証してない)をちょっと飲んだくらいだけど。

 結局、死ななかったから、生きている。あんまり覚えてないけど、親は親で追い詰められたのだろうな。今思えば、大学院を卒業できないとか、修士論文をやってない事を親に黙っていたくらいで、死ぬのはバカらしい事だ。2回目の留年が決まった時点で、「修士論文を出来る自信もないし、大学院卒業という学歴もいらないし、もう大学院を辞めたい!」と言ったけど、親も、教授もそれを承諾しなかった。私が折れたのだが。ただ、「卒業しないといけない!」という要請も、生き難く、そして、自殺に繋がっているのじゃないかな。大学院の人間関係とか、修士論文が原因でどれくらいの人が自殺しているかは、調べていないから分からないけど。

 冒頭の記事には、「自殺を乗り越えた人には生きる力が宿る」みたいな事が書いてあるけど、それは、事実だと思う。私は(なんかネットで有名になっている)とある後輩の言葉に多大に影響された部分がある。随分と昔の事だから、忘れてしまったけど、「自殺するくらいなら、社会や人に迷惑をかけまくっても生きる」というような内容だった。この言葉は、本当に私を助けてくれて、嫌な事があった時や、死にたくなった時に、思い出すと心が救われる。どーせ、世の中嫌なヤツだらけだし、そいつらに迷惑をかけてやれ、と。



 他に記事の内容では、「自殺は社会による殺人」というのが、非常に興味深かった。また、顔を合わせたコミュニケーションは、ネット大好き人間としては、疎かにしがちだったけど、大切だなぁ、と。もう少しして、会社を辞めると(嫌で辞める会社だけど)人と接する機会が減るから、ちょっとヤバイかも知れない。嫌だけど、どこか、救われていた部分もあったなぁと。

 次にどんな仕事をするのか、もしかしたら、二度と働かないかも知れないけど、紹介した記事のような事を仕事にするのも興味深いかも知れない。それで、カウンセラーとかを目指すのは、ちょっと浅はかな気がするけど、ね。